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2012.03.31

広島電鉄・ICカード全扉乗降試験

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先月2月15日からスタートしていた広島電鉄・ICカード全扉乗降試験・・ 広電・電車利用者にそこそこ認知されたであろう頃合いを見て記事をアップしようと思っていたのですが、試験運用期間がアッという間に過ぎてしまい、本日最終日となってしまいましたので慌てて記事を書いています(^^;;)。
まずは、広島電鉄の公式サイト 『ひろでんアベニュー』 に掲載された告知から・・

ICカード全扉乗降試験車両の運行について
広島電鉄の一部の電車で、ICカード(PASPY・ICOCA)をご利用のお客様に限り、全ての扉から乗り降りできる電車を試験的に運行します。皆様のご協力をお願いします。
この試験では以下2点の検証を主な目的としています。
(1)降車可能な扉がこれまでの2か所から4か所に増える→速達性の向上
(2)ICカードを利用されるお客様の車内移動が少なくなる→利便性の向上

いよいよ前々から話題にあがっていた信用乗車制度の導入へ向けての取り組みが具体的にスタートしたといったところでしょうか。思い起こせば、広島県交通系 ICカード PASPYが広電・路面電車に導入された4年前(2008年3月)、広電・白島線で乗務員のいない扉からも降車できる信用乗車制度の実証実験を行うことが発表されていたのですが、その時は結局直前になって 「未だ十分にICカードが普及していないこと」 を理由に実証実験が延期されたという経緯があります。ここに来て、改めてICカード全扉乗降試験を実施するということは、ICカードも十分に浸透して期が熟したという認識なのでしょう。。

ICカード全扉乗降試験車両の運行期間と実施車両・運行路線は・・

運行期間: 平成24年2月15日(水)~ 3月31日(土)
実施車両・運行路線:
・3703号(3両連接車) 1号線/広島駅~紙屋町東~広島港(宇品)
・3906号(3両連接車) 2号線/広島駅~広電西広島~広電宮島口

市内1号線(広島駅~紙屋町東~広島港/宇品)で運行された3703号・・

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2号線(広島駅~広電西広島~広電宮島口)で運行された3906号・・

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試験車両にはICカード全扉乗降試験車両であることを示す赤い部分ラッピングが施されて、一目でそれと分かるようになっていました。5000形ムーバーや5100形ムーバーmaxの低床車両が使用されなかったのは何か理由があるのでしょうか!??

運用試験期間中、2号線で運用されていた 3906号に乗車する機会がありましたので、車内の様子など写真でご紹介・・
中吊り、中扉内側には試験車両に関する情報を表示・・

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中扉には降車時のICリーダーが設置されて、「降りるときタッチ」の目立つ赤い表示・・

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運転席上部と車掌台の前方には、前・後中扉に据え付けられたカメラの映像を映し出すモニタが設置・・

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しばらく中扉付近でウォッチしていますと、中扉から降車する利用者もちらほら見られました。多少気になったのは・・ 乗降客が少ない電停では問題ないのですが、乗降客が比較的多めの電停においては、乗車する人と降車する人が中扉付近で交錯する場面があったこと。中扉外側には 「降車優先」 の表示があるものの、スムースな乗降には利用者の慣れも少なからず必要になってくるものと感じた次第です。

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本格的に信用乗車制度が導入されれば画期的な事だというのは分かるのですが、今回の試験運用をウォッチしてみて、どれだけ速達性・利便性がアップするのか、まだまだ不明確な印象を持ったというのが正直なところです。その他、中扉のICリーダーでトラブった場合の対処はどうするのか!? 不正乗車への対処は!? 将来的に本当に車掌が廃止できるのか!?? ・・などなど、信用乗車制度導入に向けて気になる点は多々ありますけど、やっとのことで試験運用が始まったばかりということで、今後の展開に大いに期待していきたいと思います。

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** 過去の 「信用乗車」 関連記事・・
 > 広電・白島線・・ PASPYサービス開始!! -2008.03.04
 > 八丁堀(7)--モノクロの広島 -2008.02.22
 > 白島線 「信用乗車」 実証実験 -2007.10.21

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2012.03.27

金星-月-木星

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昨晩のこと、Twitterのタイムラインを眺めていたところ、何やら珍しい天体ショーの真っ最中だということで、急に思い立って写真撮影にトライしてみました。
自宅の窓から西の空を覗いてみたところ・・ 上から一際明るい金星、月、木星の順に、ほぼ等間隔で一直線に並んでいます。なかなか珍しいですね。。 もう少し遅かったら木星が沈んで隠れてしまうところで、何とかギリギリ間に合ったという感じです。

** 月とか天文現象に関連した過去の記事・・
 > 昨晩の皆既月食 -2011.12.11
 > 月夜のドーム -2011.07.17
 > 木星の月 「ガリレオ衛星」 -2010.09.24
 > 満月 -2009.09.05
 > 広島市内から見えた日食 -2009.07.22
 > こないだの月食 -2005.11.01

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2012.03.18

春間近(広電・広島駅にて)

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どうも今年は梅の開花が遅れたとか聞いていたし、3月半ば近くになってから積雪があるしで、例年になく寒い寒いと思っていましたが、いつの間にか少しずつ暖かくなってきているように感じるこの頃です。寒がりの私にとって、外出の際には防寒着を手放せなかったのですが、ここ数日の広島市内はそれほどでもありません。
たまたま通りかかった広島電鉄・広島駅では、既にチューリップの花が咲いていて、まさに春を実感させてくれました。寒いのは苦手なので、このまま一気にポカポカ陽気の春に突入してくれることを期待しています!!

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2012.03.17

旧広島市民球場 第2期解体工事完了

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(※横位置の写真はクリックすると拡大写真を表示します。)

記事をアップするタイミングをすっかり逃してしまっていた話題ですが・・ 掲載した写真は、今年2月末で第2期解体工事が完了した旧広島市民球場の跡地です。フェンスでグルリと取り囲まれた球場跡地の状況はご覧の通りで、保存されるライトスタンドの一部を除いて完全な更地になりました。雨が降ると、水たまりがあちこちにできて、何とも虚しい状況です。
残されたライトスタンドの両サイドには、スタンドの土台になっている盛り土が崩れないように配慮されたものか、シートで応急処置が施されているようです。このライトスタンドの一部は今後どんな風に保存されるのか・・ いずれにしても、保存する限りは何らかの恒久的な処置が必要になってくるものと思われます。

フェンスの北側は解体工事の最中からずっと駐輪場化・・

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今後の旧広島市民球場跡地の活用については、『若者を中心としたにぎわいのための場』 にしていくという方向性の下、市民等から広く意見を聴くため、経済界、商店街、若者などで構成する 「旧広島市民球場跡地委員会」 を設置 して意見交換や議論が行われ、委員会における議論を踏まえ、平成24年度末までに (広島)市が旧市民球場跡地の活用方策を策定する という段取りになっているとのことです。
・・と言うことは、ほとんど平成24年度いっぱいまで、このままの更地状態が延々と続くということでしょうか!?? せめて芝生を張るなどして一時的・暫定的にでも開放してくれたら嬉しいのですけど・・。

** 参考Webページ
 > 広島市/旧広島市民球場跡地委員会

** 過去の関連記事・・
 > 在りし日の旧広島市民球場/Googleマップ編 -2012.01.21
 > 旧広島市民球場 第2期解体工事が大詰め -2011.12.04
 > 旧広島市民球場 照明塔・バックスクリーン解体 -2011.10.15
 > 旧広島市民球場解体(第2期)工事 -2011.09.21
 > 無惨・・旧広島市民球場解体 -2011.02.15
 > 旧広島市民球場 閉鎖 -2010.09.01
 > 夏が終わり、旧広島市民球場も・・ -2010.08.31
 > 新・旧広島市民球場 -2009.04.01
 > 広島市民球場の看板取り外し -2009.03.31

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2012.03.10

懐かしのヒロシマ・ナタリー(約30年前の写真から)

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遙か30年くらい昔に撮影したネガフィルムをゴソゴソやっていたところ、非常に懐かしいヒロシマ・ナタリーの写真が目に留まりました。Twitter+twitpicで公開してみたところ、思いの外、かつてを懐かしむ反応をいただきましたので、改めてこのブログ雑記帳でも回顧録として掲載しておこうと思います。

当時、広島で 「遊園地」 と言えば、この廿日市町阿品にあったヒロシマ・ナタリーを指すくらいによく知られた、ほとんど唯一の存在だったと記憶しています。その詳細については文献から引用・・

ヒロシマナタリー 前面に宮島が見える佐伯郡廿日市町地御前阿品の海岸にある総面積約7万7000m2 の海洋レジャーパーク。1974年(昭和49)4月に開設。1937年(昭和12)にイギリスで建造され、欧米の貴族や財界人の社交の場として、華やかに活躍していた豪華ヨット「ナタリー号」(527t、全長約53m)をシンボルに、レジャープール(-略-)、大観覧車(-略-)、海上ウルトラジェットコースター(全長1500m)、ループザループ(前後進2回転宙返りコースター)、(-略-) など、数多くの娯楽遊園施設があるレジャーランドとなっている。【広島県大百科事典: 中国新聞社 編 (1982)】

おそらく、掲載した写真の背景に見える島が厳島(宮島)だと思います・・

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私がヒロシマ・ナタリーの思い出で最も記憶に残っているのが、海上ウルトラジェットコースター。何が怖いかって、海上を走るスリルとかスピード & 加速感なんかより、今にも壊れそうな軋み音が最高に恐怖だったことを憶えています。ほんと、あの音には滅茶苦茶ビビりましたから・・(^^;)。

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なんせもう30年以上も前の色褪せた写真ですので、撮影した当時の状況は全く記憶に残っていません。ただ、この見下ろすようなアングルは大観覧車に乗って撮影したのではないかと思います。その大観覧車の写真がこちら・・

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最後にヒロシマ・ナタリーが閉園に至る経緯について Wikipediaから引用・・

しかしながら入園料も施設使用料も高かったせいか、バブル崩壊後は徐々に来園者は減少していった。1992年に広島市の東郊の呉市に同じ規模のテーマパーク、呉ポートピアランド(現・呉ポートピアパーク)がオープンしたこともダメージとなり1996年3月で閉園した。 【広島ナタリー - Wikipedia

今となっては、もうほとんど記憶から消え去りそうなヒロシマ・ナタリーの思い出。。 今から思うと、バブル絶頂期の夢の楽園とでも言えるかもしれません。「あの頃は良かったねー」 などとオッサン臭いことは言いたくないですが、ただ、世知辛い今時の広島の子ども達には是非体験させてやりたかったなぁと思います。まぁ、尤も、今となってはこれだけの規模の遊園地が広島に無いだけであって、県外に行けばもっと規模の大きい遊園地があるからどうってことはないのかもしれませんけど・・。


** 当ブログ掲載写真の盗用について (2015.11.12)


ふるさと 阿品 よもやま by hirosan_kimura
http://hirosankim.exblog.jp/
http://hirosankim.exblog.jp/22291920/
Furusatoajina_pakuri
by hirosan_kimura | 2014-08-15 12:51 | 娯楽

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2012.03.08

天満屋広島八丁堀店 閉店

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このブログ雑記帳のアクセス解析を見ていたところ、この 3月4日・5日をピークにアクセス数が急上昇したもので、その内容をチェックしてみたところ天満屋 広島八丁堀店の閉店に関する 2件の記事にアクセスが集中していたことが分かりました。勿論これは 3月4日をもって、同店が58年間の歴史に幕を下ろしたことに因んだアクセスということで間違いないでしょう。

閉店の翌日、「58年間のご愛顧ありがとうございました。」 の看板が掛けられた正面玄関は暗く固く閉ざされたまま・・ しばらく見ていると、前を通り過ぎる人が時折、中の様子を伺ったりデジカメで写真を撮ったりする様子も見られました。

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3月4日の閉店後、正面玄関の上にはしばらく 「閉店 売りつくし」 の文字が入った赤い大きな垂れ幕が掛けられていましたが、今日見たところ、天満屋閉店後もそのまま営業を続ける 7階~11階 (MARUZEN&ジュンク堂書店、レストラン、エステ&ヘアサロン) の宣伝用の垂れ幕に入れ替えられていました。

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以下余談・・
このブログ雑記帳のアクセス解析など見ていますと、その検索キーワードなどから主に二つの情報を探し求めていらっしゃるように感じられました。一つは天満屋の閉店セールに関する情報収集、そしてもう一つが天満屋が閉店した後の情報について・・ それらを見ていると、どうも跡地に家電量販のヤマダ電機が入る予定になっていることが十二分に浸透していないようにも感じられます。
そのヤマダ電機ですが、天満屋 広島八丁堀店の閉店日に合わせてテックランド広島中央本店を完全閉店したそうです。この年度が替わる直前の3月、最も家電などの販売量が伸びる時期ではないかと思う訳ですが、そんな時期に完全閉店するとは少し驚きました。その見返りの意味でも、もうしばらくすれば派手にリニューアルオープンの告知を打ってくるのではないかと勝手に想像しています。
それにしても天満屋 広島八丁堀店無き後、これから八丁堀界隈がどんな風に変貌を遂げていくものか大いに気になるところです。。

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** 天満屋 広島八丁堀店の関連記事・・
 > 八丁堀天満屋 閉店売りつくし第1弾 -2011.11.16
 > 天満屋 広島八丁堀店はどうなる!? -2011.09.11
 > MARUZEN&ジュンク堂書店・広島店 10.9 OPEN -2010.10.08

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2012.03.04

原爆ドーム健全度調査

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写真は周囲に組まれた足場に囲まれた世界遺産「原爆ドーム」の現在の姿。。広島県外などから観光や社会見学で来られた方々にしてみれば、せっかく原爆ドームを訪れたのに 「工事中とは残念!!」 と思われた方も少なからずいらっしゃるのではないかと想像しています。
実際、原爆ドームで何をやっているかについては現場に設置された看板に説明されていますので、そこから丸々引用・・

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原爆ドームの健全度調査を行っています。
広島市では、原爆ドームの状態を把握するため、原爆ドームのひびわれや沈下量などを調べる健全度調査を行っており、調査用の足場を3月中旬頃まで設置しています。
この調査は、平成4年度(1992年度)から原則3年毎に実施しており、今回の調査は、7回目の調査となります。皆さんのご理解とご協力をお願いします。
広島市都市整備局緑化推進部

新聞報道を見ると、今回は震度6弱を想定した初の耐震診断も行う。【2012年1月30日 読売新聞】 ということだそうで、原爆ドームを保存していく上で大切な調査をやっていることが分かります。
ただ、平成23年11月16日~平成24年3月31日と 3ヶ月以上の調査業務期間が設定されているようで、これはもう少し期間短縮して効率的にできないものなのか!? とも思うのですが・・。


以下、原爆ドームの写真から・・
まずは 1945年11月、米軍撮影の原爆ドーム。このモノクロ写真は広島平和記念資料館で所蔵されているものですが、一応許可を得た上で本家サイト内のコンテンツ 『広島原爆投下当時の写真』に掲載しています。(※万が一、本家サイトで使用しているサーバがダウンしている場合は写真画像が表示されません)

広島市内で写真を撮っていますと、何かの折りに原爆ドームの写真を撮っているもので、自分で撮影した過去の写真と見比べてみます。まずは 1981年にカラーネガフィルムで撮った原爆ドーム。フィルムの退色が起こっていることと、左端に写っている広島市民球場の照明灯が約30年前の古さを物語っています。上の米軍撮影のモノクロ写真と見比べると、当時から形が変わっている箇所もあり、結構劣化していることが分かります。実は、この状態に至る前の 1967年(昭和42年)に第1回保存工事が行われているようです。

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その後、1989~1990年(平成元~2年)に第2回保存工事が行われた 11年後の 2001年にコンパクトデジカメで撮った原爆ドーム・・

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更に 2002~2003年(平成14~15年)に第3回保存工事が行われた後、2010年にデジカメで撮った原爆ドーム・・

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こうして写真を並べて見比べてみますと、原爆ドーム健全度調査と保存工事の賜と言っても良いのだろうと思いますけど・・ やや遠目から見る分にはほとんど外観上の劣化は進行していないことが伺えます。

** 参考ページ
 > 保存工事|保存|原爆ドーム (広島市)
 > 健全度調査|保存|原爆ドーム (広島市)

** 原爆ドームの写真を掲載した過去記事・・
 > 今朝見た光景… 原爆ドーム -2011.11.15
 > 2011年 広島「原爆の日」の前日 -2011.08.05
 > 住吉祭・広島管絃祭の漕伝馬(こぎでんま) -2011.07.20
 > 月夜のドーム -2011.07.17
 > ひろしま河川遊覧船の新顔 「バールン号」 -2010.09.05
 > ピースキャンドルと灯籠流し -2010.08.08
 > 祈・原爆ドーム ライトアップ(2009夏) -2009.09.03
 > 広島市民球場跡地利用について(2) -2009.02.16・・ 前回の原爆ドーム健全度調査
 > 被爆62年 原爆の日・夜 -2007.08.11

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