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2012.08.26

2027年までに40編成を超低床車両に更新!?

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この記事は、昨日の記事 『広電・路面電車運賃値上げは消費税率アップへの対応!? -2012.08.25』 の続きみたいなものです。
まずは再び、8月24日付けの中国新聞に掲載された 路面電車 広電20~30円値上げ検討 の記事から引用・・

運賃は、1997年に市内路線で130円を150円に上げて以来、据え置いてきた。値上げにより、2027年までに40編成を超低床車両に更新したい考えで、電停のバリアフリー化も進める。同社の車両124編成のうち48編成が、製造から45年以上経過。更新は1編成 2億~3億円かかり、現行運賃では難しいという。【2012/08/24付け 中国新聞】


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運賃値上げの件は昨日の記事で色々と書きましたので、今日の記事では 2027年までに40編成を超低床車両に更新 の箇所に注目してみることにします。
同社の車両124編成のうち48編成が、製造から45年以上経過 しているというのは俗に「旧型車」と呼ばれる車両が該当しているものと思われます。この老朽化しつつある旧型車が徐々に超低床車へと置き換えられていくことになる訳ですけど、路面電車ファン的には今後の旧型車の去就が大きな関心事の一つとなります。そこで、中国新聞の記事に基づいて、今後の旧型車の動向を勝手に予想してみることにします。

広電の車両全てを一覧表にまとめてみるとこんな感じになります・・

Hensei

中国新聞の記事中、同社の車両124編成のうち48編成が、製造から45年以上経過124編成 というのは、広電が所有する全 132編成の内、「車庫内に留置されたままで休車扱いとなっている編成」 と 「大正形電車 100形 101号やハノーバー電車 200形 238号などの所謂イベント用の車両」 を除外した編成数と一致しているようです。その 124編成の内、旧型車のみをカウントしてみると、記事にある通り 48編成 となります。

そして、ここで各形式の旧型車(休車・イベント車を除外)を 1編成のみ保存して、残りの編成を全て廃車にすると仮定した場合、廃車になるであろう編成数は表の一番右側の列に示したようになり、合計すると 39編成となります。中国新聞の記事では 2027年までに40編成を超低床車両に更新 とありますので、数が食い違ってしまいます。もし本当に 40編成 を廃車にするとしたら、どれか形式消滅する可能性があるということになります。
もっとも 15年も先までの事ですから、1~2編成の食い違いは誤差範囲であり、余り細かな所まで突っ込んでも仕方ないとは思いますけど・・ 現時点において広電さんの意向として、旧型車の保存をある程度は考えているということだけは言えるのではないかと思います。或いは、被爆電車 650形において、休車になっている653号を含めた 3編成全てを保存して、他の形式車両を消滅させるなんてケースがあるやもしれませんけど。。

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** 掲載した広電車両の一覧表ですが、何かしら勘違いしている箇所があるかもしれません!?? 万が一、明らかな間違いなどに気付かれた方がいらっしゃいましたら、ご指摘などいただけますと幸いです。

** 過去の関連記事・・
 > 広電・路面電車運賃値上げは消費税率アップへの対応!? -2012.08.25
 > 広電・3両編成低床車グリーンムーバーmini!? -2012.05.27 ・・新車導入予定
 > 交通科学館の写真パネル展から -2006.07.25 ・・かつての形式動向

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2012.08.25

広電・路面電車運賃値上げは消費税率アップへの対応!?

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中国新聞にて昨日24日、路面電車 広電20~30円値上げ検討 来年 車両低床化を促進 の見出しで、広島電鉄・路面電車の運賃値上げの記事が掲載されました。次いで、一日遅れで本日の朝日新聞・広島面でも 広電運賃値上げ検討 路面電車20~30円 の見出しで同様の記事が掲載されています。まずはそれらの新聞記事から引用・・

広島電鉄(広島市中区)は24日、路面電車の運賃引き上げを検討していることを明らかにした。現在150円の市内線をはじめ、全路線で20~30円の値上げ幅を想定しており、宮島線を含めた均一運賃にすることも視野に検討中だ。【2012/08/25付け 朝日新聞】

一応、運賃値上げの狙いとしては次のように記載されています・・

運賃は、1997年に市内路線で130円を150円に上げて以来、据え置いてきた。値上げにより、2027年までに40編成を超低床車両に更新したい考えで、電停のバリアフリー化も進める。同社の車両124編成のうち48編成が、製造から45年以上経過。更新は1編成 2億~3億円かかり、現行運賃では難しいという。路面電車の乗客数は昨年度は前年より1.5%増の5472万人。3年ぶりに増えたが、10年前より3.5%少ない水準。【2012/08/24付け 中国新聞】

2027年までに40編成を超低床車両に更新したい ということは、更新は1編成 2億~3億円 を前提として車両更新に要する総経費を計算してみると・・
  2億~3億円/編成 × 40編成 = 80億~120億円
となります。
以前、3両編成超低床車導入予定の発表がなされた時、現行の最新超低床車 5100形グリーンムーバー・マックス(5車体3台車連接)の車体価格が約3億円に対して、3両編成に短縮した場合にはその60%、つまり約1.8億円となると発表されていました。それからすると、更新は1編成 2億~3億円 というのは多少多めに試算しているようにも思えますが、諸々の経費や電停改修等々も含めて、まぁ良しとしましょう。

更に、今後も昨年度の乗客数 5472万人 を維持できると仮定して、運賃20~30円アップの場合の収入増がどれくらいになるかを計算してみますと・・
  20~30円/人 × 5472万人/年 ≒ 11億~16億円/年
年間11億~16億円の収入増ということは、10年間もすれば 40編成分の車両更新経費(80億~120億円)の元が取れる勘定になりそうです。たかが20~30円ですが積もり積もれば何とやら・・ですね。実際は 2027年までの 15年間で 40編成を更新予定であり、更に車両の耐用年数はもっと長いこと等も考え合わせると、20~30円の運賃アップで広電さんはホクホクじゃないかという気もするのですが・・。

ここでピンときたのが、この度の路面電車運賃値上げはズバリ、消費税率引き上げへの対応が大きな狙いなのではないかということで、過去の運賃値上げ時期を調べてみました・・
・1989年 4月1日~ 消費税 3%導入
・1989年12月9日~ 路面電車市内運賃 120円→130円にアップ
              (※白島線は 80円→90円)
・1997年 4月1日~ 消費税率 3%→5%にアップ
・1997年11月1日~ 路面電車市内運賃 130円→150円にアップ
              (※白島線は 90円→100円)

過去の実績を見ると、やはり広電・路面電車の市内運賃は消費税導入/税率引き上げに追随して値上げされていることが伺えます。中国新聞にも朝日新聞にも、そんな消費税の「消」の字も記述が無いことが気にくわないというか、不満に感じてしまいます。何故に消費税との関わりについて突っ込まないのか、敢えて伏せているのか・・!??
どこか他のメディアで消費税率引き上げとの関わりについて突っ込んでいないかとネット検索してみたところ、NHKオンラインで以下の記述を見つけました・・

今回の値上げの検討も消費税率の引き上げを前にした時期と重なりますが、広島電鉄は「値上げの検討と消費税率の引き上げに直接関連はないが、今後、値上げの幅や開始時期を考えていく中で消費税を考慮することはあり得る」と話しています。また広島電鉄は広島市内を中心に路線バスも運行していますが、「競合するバス会社があるので、バス運賃の値上げも検討するかどうかはまだわからない」としています。 08月24日 09時05分 【NHKオンライン/広島県のニュース「路面電車の運賃値上げ検討へ」】

私個人的にはこの時期、消費税率引き上げには断固反対ではありましたが・・ 最終的に消費税率アップもやむなしという結論であれば、当然ながら路面電車の運賃値上げも致し方ないのだろうと考えます。値上げの検討と消費税率の引き上げに直接関連はない といったような見え透いた言い方は余りしない方が良いと思うのですが、如何でしょうか!?
この記事では、バス運賃に関して 値上げも検討するかどうかはまだわからない とはありますけれど、この調子でいくと消費税率の引き上げに合わせて、各バス会社横並びで運賃一律アップも必至という気がして仕方がありません。

** 過去の関連記事・・
 > 広電・3両編成低床車グリーンムーバーmini!? -2012.05.27 ・・新車導入予定
 > 広電・市内線電車 回数乗車券 -2009.07.16 ・・運賃関連

** 参考文献
広島電鉄・路面電車の運賃変遷については下記の書籍を参考にしました。中古本の購入が可能ですので、興味のある方は是非どうぞ・・

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2012.08.22

朝・昼・夕に広電

続いて残暑お見舞い申し上げます。
人間、好きな事をやっていると夏バテしにくいといったような話を TVでやっていたような、違ったような・・!? 取り敢えず、物は試しということで、残暑厳しい広島市内にて朝・昼・夕と好きな広電の写真を撮ってみました。せっかくなので目新しさを求めたいという思いで、普段余り使う機会が無いレンズを引っぱり出してきました。

まずは朝ラッシュ時間帯・・

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続いて会社の昼休憩に うだるような暑さを撮ってやろうと思ったのですが・・

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そして夕ラッシュ時間帯・・

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こうして機会ある毎に夕刻時の写真を撮っていますと、日が沈む位置もどんどん南側へシフトしていて、一日毎に日が短くなっていくのを感じるこの頃です。たぶん、残暑の厳しさも もうあと僅か・・!??

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2012.08.20

残暑お見舞い

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残暑お見舞い申し上げます。
お盆を過ぎるとさすがに夜は涼しく感じられるようになってきましたが、日中のうだるような暑さには体がまいってしまいそうで、ほとんど夏バテ寸前といった状況です。平日は屋内での事務仕事 & 軽作業が中心なので、緩めに効かせたエアコンのお陰でなんとか体調を維持していられますが、これが外回りの仕事だったらおそらくダウンしているのではないかと・・(^^;)。いやぁ、このクソ暑い中、屋外で作業などされている方々にはほんと脱帽です。例年なら、ここまで酷くはなかったと思うのですが、だんだんに歳をとっている証拠かもしれません!?
まだしばらく残暑の厳しさが続きそうですので、皆様も暑さに気を付けて下さいませ!!

** 写真は広島市内、8月16日朝の寺町界隈にて

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2012.08.12

2012年 広島「原爆の日」

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広島市は 8月6日、被爆 67年の「原爆の日」を迎えました。朝 8時から平和記念公園で平和記念式典(正式名称: 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)が執り行われる中、その前後も含めて原爆ドーム周辺は多くの人出で混雑していました。
翌日の中国新聞 1面では、米国による原爆投下から 67年の「原爆の日」。被爆地は犠牲者の追悼と平和への願いに包まれた。 と記されてはいましたが、6日朝の原爆ドーム周辺に限って言えば、とても 犠牲者の追悼と平和への願い に包まれていたようには感じられませんでした。各地から詰めかけたと思われる様々な団体が各々の主張を拡声器でがなりたてる・・ 正にそんな感じです。大きな横断幕を掲げて反原発の集会も行われていましたけど、核というキーワードで原子爆弾と原子力発電所を同列に並べて、この 8月6日朝に原爆ドーム前で声をあげるという行為には違和感を持ってしまいました。
正に 犠牲者の追悼と平和への願い を胸にして、心静かに 8月6日 8時15分を過ごすことはできないものかと思うのは私だけではないと思うのですが・・。


67年間、ずっと現役で運用されてきた広電・被爆電車 651号と 652号が参列者の足として今年も活躍していました。

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そして、会社帰りに立ち寄った平和記念公園・・
朝方の喧騒とは打って変わって静かな原爆ドーム前周辺では毎年恒例になったピースキャンドルが行われていました。

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元安川では灯籠流し・・ 例年と比較するとかなり人出が少なかったように見えましたが気のせいでしょうか!? 何より灯籠流しをする人の列が余り伸びていなかったような・・。

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今年は潮の関係で、流された灯籠のほとんどが相生橋をくぐって上流へと流れていきました。

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** 過去の 「原爆の日」 関連写真掲載記事・・
 > 2011年 広島「原爆の日」 -2011.08.06
 > ピースキャンドルと灯籠流し -2010.08.08
 > 被爆65年「原爆の日」祈りの朝 -2010.08.07
 > 2009年 原爆の日の夜 -2009.08.07
 > 2009年 原爆の日の朝 -2009.08.06
 > 2009年 原爆の日の前夜 -2009.08.05
 > 原爆の日 (2008年8月6日) -2008.08.10
 > 「原爆の日」 前夜 (5日夜) - 2008.08.07
 > 被爆62年 原爆の日・夜 -2007.08.11
 > 被爆62年 原爆の日・朝 -2007.08.07

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2012.08.11

宮島 管絃祭(後編)

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この記事は、先日の記事 『宮島 管絃祭(前編) -2012.08.08』 の続きです。

19:20頃>> 広電阿品から電車の乗り込んで地御前へと移動、駅から徒歩で地御前神社へ向かいます。地御前神社のほぼ正面、海側には 宮島 管絃祭のためだけに残されているのではないかと思えるような小さな砂浜があるのですが、そこには既に 「厳島御用」の提灯を掲げた江波漕伝馬船が到着していました。

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漕伝馬船から太鼓を降ろし、地御前神社へ運び込んでいる様子・・

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19:31>> 露店が並ぶ地御前神社境内はたくさんの参拝者でごったがえしていました。

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19:43>> 神社のすぐ正面、人だかりのしているところでは、江波漕伝馬船の漕ぎ手の皆さんが踊っていらしたようですが、少し離れた位置から写真を撮っていたら終了してしまい、肝心のところを撮り逃してしまいました(^^;)

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ご参拝がてら神社の中を覗くと、宮島 管絃祭の様子と思われる絵が掛けられていました。この絵のような構図で写真を撮りたいものですが・・

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19:55>> 再び海岸に戻ってみると、篝火を焚いた御座船が砂浜に近付いていました。左奥に見えているのは阿賀の鯛網船。

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20:05>> たくさんの見物客を前にして、しばし御座船では祭典と管絃樂が奉奏されます。なんとも雅な雰囲気。そのすぐ横では江波の漕伝馬が見守ります。少し沖の方にはもう一隻の阿賀の鯛網船。

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以下、広電ファン向けの話題から・・
一年に一度、宮島 管絃祭の時にだけ開く広電宮島線の踏切がここ地御前神社のすぐ目の前にあります。この踏切を渡って御座船が着いた砂浜と地御前神社を最短距離で行き来できるようになっています。噂には聞いていたのですが、その踏切が開いているのを見るのも、実際に渡るのも初体験です。まずは地御前神社側から・・

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海側から・・

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20:36>> そうこうしている内に、地御前の浜でのお勤めを終えた御座船は砂浜を離れ三回廻して宮島へと取って返します。

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この後、宮島へ渡って祭典のクライマックスを見届けたいところではありましたが、時間的に厳しいので断念して撤収。。 続きは、一般社団法人宮島観光協会のWebサイトから引用させていただきます・・

祭典後、管絃船は宮島に向かい、長浜神社、大元神社で順次祭典を行い、大鳥居をくぐって客神社前で祭典と管絃があり、さらに狭い枡形に入り一気に御座船を三回廻りながら管絃を奉奏します。このダイナミックな儀式が嚴島神社管絃祭のクライマックスであり、参拝客の興奮した声と拍手は、潮の香りのする廻廊にこだまし、夜空には満月が輝きます。
この儀式が終わると神様は本殿に還御され、真夏の瀬戸の海を舞台に繰り広げられた一大平安絵巻は幕を閉じます。【一般社団法人宮島観光協会Webサイトより】

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2012.08.08

宮島 管絃祭(前編)

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先週 8月4日(土)、瀬戸内海を舞台にして厳かに執り行われる宮島・厳島神社の神事 『管絃祭』 を短時間ながら覗いてきました。実を言いますと、もうかれこれ 20年近くも広島市内に在住していながら、宮島 管絃祭を見たのは今年が初めてです。古来より伝承保存されてきた、これだけ大掛かりな神事をすぐ近くからまざまざと見ることができるとは・・、何とも贅沢な気分に浸ることができました。

日本三大船神事の一つとされる宮島 管絃祭について色々調べてみると・・ 10日余り前から管絃祭当日へ向けての準備が執り行われ、当日は午前中から夜23時頃に渡って瀬戸内海の干満という自然の営みの中で繰り広げられる厳かで優雅な神事のようです。詳しい解説については参考文献より・・

「おかげんさん」と呼ばれて親しまれている厳島神社の管弦祭は、旧暦六月十七日に行われる。夕方、干潮時に神霊を移した鳳輦(輿)を御座船に移し、定められた諸所で管弦を奏しながら約四キロ離れた対岸、外宮・地御前神社へ渡り、摂社を回り深夜再び本社へ還御する。神社の日焼前に御座船を横付けするために特に潮位の高いこの時期が選ばれた。管弦祭は平安時代に都で流行した船管弦の遊びを平清盛が移したといわれるもので、当時の都では大きな池を邸内に作り、船を浮かべて管弦をする宴がよく催されていた。その池を瀬戸内海に見立て、御鎮座の神を慰め奉るようになったという。【ひろしま歳時記:田中康夫著 H5.4.1発行】



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本来であれば午前中の満潮の頃を目指して宮島へ渡り、管絃祭当日の神事を最初から堪能したいところではありましたが、色々と所用があった関係で、出掛けたのは午後になってから。管絃祭の御座船が宮島・厳島神社を出発するであろう時刻に合わせて、まずは宮島の対岸、かつて遊園地ヒロシマ・ナタリーがあった辺りから観覧することにしました。

18:15頃>> 宮島の対岸から望遠レンズで眺めていると、そろそろ御座船が出発しそうな雰囲気・・。横一列に船が並んでいる様子が伺えますが、如何せん遠すぎて余り細かいところまでは見えません。

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18:20>> 写真を拡大トリミングしてみると、西日に照らされながら進む管絃祭の御座船、そして御座船を曳航する江波の漕伝馬船と阿賀の鯛網船の様子が分かります。

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管絃祭の御座船を曳航するという名誉ある役目を担うのは、広島市の江波にある漕伝馬保存会と呉市の阿賀漁協が引き受けているそうですが、それにはかつてこんな歴史があったということです・・

御座船は、現在は和船を三艘並べて一艘に船組をしますが、昔は大きな船を一艘使ったようです。この船には櫓が六丁あり自力で航行しておりました。
ところが元禄十四年(1701)に管絃船が地御前神社から宮島の長浜神社に帰る途中暴風雨に遭遇し、まさに転覆寸前になりました。
その時風雨を避けて錨を降ろしていた阿賀村の「岡野喜右衛門」の鯛網船と九州からの帰路、嚴島神社に参拝する江波村の「古川屋伝蔵」は二次災害をかえりみず勇気ある行動で管絃船を救助しました。それ以来阿賀と江波の両村が管絃船を曳航して祭りが行われるようになりました。【一般社団法人宮島観光協会Webサイトより】

18:26>> 後からフェリーが追いかけてきて船団に加わりました。どうやら、宮島航路定期船を管絃祭の観覧用に貸切されたフェリーと思われます。機会があれば、是非とも乗船してみたいものです・・。

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18:40>> かなり近付いてきましたが、取り巻きの船がピッタリ寄り添っていて肝心の御座船と曳き船がよく見えない(^^;)。

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18:45>> やっと御座船の姿をはっきりと見ることができましたが、後はどんどん遠ざかっていくばかり・・

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18:51>> 地御前神社の方角へ向かって行くのを見送り・・

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この後、広電阿品から電車を利用して地御前へと移動します。
19:10>> 広電・電車で移動中、一休みしている様子の御座船と阿賀の鯛網船が見えました。どうやら、江波の漕伝馬船は一足先に地御前神社へと向かっているようです。

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(後編:地御前神社+広電踏切編へ続く)
>> 宮島 管絃祭(後編) -2012.08.11

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2012.08.02

2012広島みなと夢花火大会

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いきなりショボい写真ですみませんm(_ _)m。先週末 7月28日(土)、広島港1万トンバースを会場にして開催された 『2012広島みなと夢花火大会 ~花火ミュージアム~』 を今年も覗いてきました。
昨年同様、広電・路面電車×尺玉花火写真を一番の狙いとして出掛けてきた訳ですが・・ どうも路面電車の停車と尺玉打ち上げのタイミングがうまく合ってくれません(^^;)。結局、昨年以上の写真は撮れずじまいで、昨年以上に消化不良な結果となりました。これに懲りずまた来年・・ とは思いつつ、来年の事を言うと鬼が笑いそうなので多くは語りません。せめて景気が上向いてくれれば、尺玉の打ち上げ本数が増えて、良い写真が撮れる確率はアップするのですが・・。

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さて、気を取り直して、花火打ち上げ終了時刻 21:00以降の様子など・・
21:04>> 花火打ち上げが終了する少し前から帰宅の途に着く観客の大移動が始まります。特に広電・路面電車の乗り場へ向けて人が次々と押し寄せてくる感じです。

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21:20>> 5号線 比治山下経由 広島駅行きの臨時電停・・

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21:41>> 1号線 紙屋町経由 広島駅行き、そして 3号線 紙屋町経由 西広島行きの臨時電停・・

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21:46>> 被爆電車 651号は [0]広電前行き!? ・・

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21:48>> 続いてチンタイガー 3003号も [0]広電前行き!? ・・

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21:50>> 進行方向に目をやると、路面電車が数珠繋ぎになっていて余り進んでいない様子。何かあったのでしょうか!?? ・・

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22:04>> 花火終了から約1時間経過。。この時間帯、5号線 比治山下経由 広島駅行きの臨時電停の方はほぼ電車待ちの行列が解消していました。一方の 1号線・3号線 紙屋町経由 広島駅・西広島行きの臨時電停の方はご覧の通りで、まだまだ長い行列・・

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この後、私は・・ 帰宅する皆さんとは逆方向の広島港(宇品) へと路面電車で移動。まともに晩飯を食べていなかったので、夜遅くまで開けていた広島港宇品旅客ターミナル内の飲食店で小腹を満たしてからバイクでスイスイ帰宅しました(^o^)v。

** 翌日、7月29日付け中国新聞より記録・・

真夏の夜空を彩る「広島みなと夢花火大会」(広島祭委員会、中国新聞社など主催)が28日、広島市南区の広島港一帯であった。約1万発の鮮やかな競演に約43万人(主催者発表)が魅了された。
午後8時ごろ、大音響とともに扇形に炎が広がる仕掛けで開幕。今年は海上の打ち上げ台を2台から3台に増やしたほか、大輪が5重に見える打ち上げ花火が初登場するなど迫力の演出が続いた。

** 昨年までの 『広島みなと夢花火大会』 関連記事・・
 > 2011広島みなと夢花火大会(3/3) -2011.08.01
 > 2011広島みなと夢花火大会(2/3) -2011.07.28
 > 2011広島みなと夢花火大会(1/3) -2011.07.26
 > 2010広島みなと夢花火大会(その3) -2010.08.03
 > 2010広島みなと夢花火大会(その2) -2010.08.02
 > 2010広島みなと夢花火大会(その1) -2010.08.01
 > 2009広島みなと夢花火大会・御幸橋編 -2009.07.29
 > 2009広島みなと夢花火大会・海岸通編 -2009.07.27
 > 2008広島みなと夢花火大会・帰宅編 -2008.08.01
 > 2008広島みなと夢花火大会・御幸橋編 -2008.07.29
 > 2008広島みなと夢花火大会・紙屋町&本通編 -2008.07.28
 > 2008広島みなと夢花火大会・皆実町編 -2008.07.27

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